知床シーカヤックエクスペディション 101 #6
「もうそろそろ起きた方がいいですよ〜」
ルームメイトの原さんから声をかけられて目を覚ますと
ドド〜ン、ガラガラガラガララララ・・・
と、頭のすぐ近くに波打ち際が迫り、胸の高さほどのショアブレイクがゴロタの石ころをかき混ぜる音が聞こえていました。 重たい頭を奮い起こしテントから這い出ると霧雨が舞い鉛色の空が広がっていました。
・・・最終日、最悪やん・・・。 ここにも頭の重い人がもう一人。
みんなの準備は淡々と進み、ぼくは遅れまいと朝食のスープをかき込みました。二日酔い気味ではあるけど、そんなのかまっていられないほど状況が悪そうです。それにしても辛いスープでした。
とにかくエンジンの掛りが悪い頭をなんとかフル回転させて、パッキングと出発準備を整えます。 果たしてどこからカヤックを出せば良いのか。
みんなそんなことを考えていたのではないでしょうか。
波のセット感覚を読みながらアウトへ流れるカレントはどこか探してみましたが、とりあえず行くしかないみたいです。 割れやすいFRPのカヤックから先に出艇です。
波の届かないところでコックピットに乗り込み、スプレースカートをセット。
波に合わせて何名かで一気にカヤックを押し出します。
「せ〜の〜、行け〜〜〜!!」
気分は、「アムロ、いきま〜す!」状態。
ぼくはセットアップしてから、もろに一発、ゴミだらけの波を頭から喰らいましたが、無事に出発成功! 少しアウトでみんなと合流。
最後に出てくるスタッフのボートをみんなが見守っていましたが、全員出発成功!
よっしゃ!ゴールに向けて最後のパドリングじゃ〜!!!
ゴールのウトロまでは約3時間の距離。
前日まで吹いていた風がもたらしたウネリが夜中に知床半島へ届きました。
ここからは断崖絶壁が続き、エスケイプルートは限られています。
本来ならば、観光船が行き来する、もっとも知床らしい景色を堪能できるエリアです。しかし、これから先、その余裕があるのかどうか・・・。 キャンプしていた湾から出るとウネリが一気に大きくなりました。
新谷さんはメンバーがバラバラにならないように声をかけ続けています。
途中で定置網のロープとブイを何度もまたぐのですが、波の谷間ではロープが水面から20~30cmほど浮いてしまい、タイミングを損なうとカヤックが持ち上がり、最悪ひっくり返ってしまうかもしれません。
「できるだけブイの感覚が広いところを狙えよ〜!」
なかなかしびれる緊張感。そんな時に限って一番狭いところに吸い寄せられたりします。中には通過中にロープに座礁してスタックしてしまうメンバーも。
断崖絶壁の岩場はウネリを吸収せず、ぶつかった波はそのまま跳ね返ってきます。それが沖から寄せるウネリと重なると”三角波”となり波頭が崩れたりしています。
できるだけメンバーが離れないようにダンゴになって漕ぎ続けているのですが、前後左右にいるはずのメンバーの姿がウネリの向こうへ消えてしまいます。
不規則なウネリのリズムは読みにくく、漕いでいると後ろからいきなり突き上げられるようにカヤックのお尻を持ち上げられてしまいびっくりします。波のピークからは波の谷間にいるメンバーが遥か下に見えています。 1時間も漕がないうちに、ぼくのカヤックがいきなりバランスを崩し始めました。
「あちゃ〜、こりゃずいぶんと浸水しているな・・・」
ぼくのカヤックは途中で一度リペアしたもののサイドウォールにも穴が空いていてウネリが大きくなるとそこから一気に水が入ってきます。
コックピットだけに限らず、前後の荷物用キャビンにもザブザブと水が入っているようです。
もう振り返ったりする余裕がなくなってきていたので、岩からの返り波が視界に迫ってくるとタイミングを合わせてリカバリーを繰り返していました。
「きたきた〜・・・、よっしゃ〜い!!」
と声を出すことによってできるだけリラックスできるように頑張りました。
みんな無口になり真剣に漕ぎ続けています。景色の写真を撮っているヒマなんかありません。
新谷さんを先頭に後ろをぴったりマークしている人もいれば、右へ左へとフラフラしている人、のんびりと後ろからついてきている人。みんなそれぞれどんなことを思いながら漕いでいたのでしょうか。
この遠征中に何度も新谷さんが言っていたこと・・・
「コンディションが悪くなると恐怖で口の中が乾いてくる。次に口の中がベトベトしてくるぞ。緊張でだんだんと体が動かなくなって、そのうち漕げなくなっちまってひっくり返るんだ。」
雪山でも岩でもそうだけど、人は極度に緊張した時には同じような経験をするもんですね。
新谷さんは自分の緊張をほぐすためにもメンバーに声をかけ続けるそうです。
ぼくは左右に振られるカヤックをパドルと下半身でバランスと取りながらなんとかウネリを切り抜けていました。一漕ぎ一漕ぎがリカバリーです。呼吸を止めないように意識して一番バランスのいいポジションを終始探し続けていました。
この状況下で写真を撮っていたのは、新谷さんと原さん、タンデム艇のたーちゃんたちくらいだったのではないでしょうか。
新谷さんはみんなの写真を撮りながら楽しそうでもありました。 たーちゃんたちが近づいて来てくれました。
「もしかして、けんちゃんのカヤックって、水が入っちゃってる?さっきからずっと見て笑ってたんだけど。」
ぼくがあまりにもプルプルしているので、後ろから様子を見ていたそうです。でも、ここで水を抜いたとしてもひっくり返ったらまた水抜きをしなきゃならないから、ひっくり返っちゃうまで待ってようと思っていたそうです。
「あと、300mくらいかな。正面に見えている岬を越えたらウトロの湾になっているから、そこまで行けば落ち着くよ。がんばって〜。」
なんて他人事なんでしょ。でも、ここまで転けずに来れたんだからあと300mくらい頑張っちゃうよ〜。
でも、全然300mではありませんでした・・・。
ようやくウトロの湾に入ってきました。
海面はスムーズで返り波もありません。ただ、ウネリは大きいまま残っていました。
ラフなコンディションを抜け切ってメンバーの後ろ姿はとてもリラックスして見えました。でも、ぼくのアンバランスは変わりなく、まだまだ緊張は続くのでした。
とりあえず、楽になりたい一心でメンバーの一人に声をかけ、カヤックに捕まらせてもらいました。そして、スカートを取り中を見ると半分ほど水が溜まりぼくの足はほぼ水に浸かっていました。
水をポンプで出しても出してきりがないように感じられましたが、抜けてくると次第にカヤックが水に浮いてくる感覚がありました。これで安心です。
再度漕ぎ始めるとなんという安定感。
これでぼくの緊張もほどけました。
ついにゴールのウトロへ上陸。
こんなに長く感じられた3時間は久しぶりです。 おれたちやったぜ・・・。
ウネリが岩礁にぶつかり砕け散っています。途中の断崖絶壁に叩き付けられなくてよかった・・・。 万月堂に戻ってきました。
家の温もりを感じるとほっとします。 打ち上げで宴会が盛り上がるのかなと思っていましたが、静かな夜でした。6日間の疲れはもちろん、最終日の荒波を漕ぎきって、気が抜けたのでしょう。
ぼくは一口もお酒を飲むことなく眠りについてしまいました。
翌日
薄曇りではありましたが天気は回復し穏やかになっていました。
今頃、知床の海はどうなっているんだろうなんて考えてしまいます。 キャンプで早起きに慣れてしまったので、時差ぼけのように目が覚めてしまいました。
のんびりと万月堂のまわりを散歩していると、帰ってきたことを実感します。
7月なのにまるで秋の高原のような風がそよそよと吹いていました。 みんなで遠征を共にしたギアを洗って片付け。 全てが塩まみれになっているので、真水で洗い流し干していきます。 6日間の乗り続け愛着の湧いたカヤックもしばしのお休み。
快晴無風の前半戦から嵐、強風、荒波とぼくらにチャレンジをしかけてきた後半戦と、まるで良くできたシナリオを用意してあったような6日間の遠征でした。
想像以上に緊張し、興奮し、感動したすばらしい日々でした。またチャンスを作って訪れたいと思います。
ガイド:新谷暁生、サポート:新井場隆雄、岸秀彦、参加メンバー:11名(うちチーム筋斗雲として4名)
知床エクスペディション
最終日の航路:カムイワッカの滝近くのキャンプサイト〜ウトロ湾
終わり
kenichi
ルームメイトの原さんから声をかけられて目を覚ますと
ドド〜ン、ガラガラガラガララララ・・・
と、頭のすぐ近くに波打ち際が迫り、胸の高さほどのショアブレイクがゴロタの石ころをかき混ぜる音が聞こえていました。
・・・最終日、最悪やん・・・。
みんなの準備は淡々と進み、ぼくは遅れまいと朝食のスープをかき込みました。二日酔い気味ではあるけど、そんなのかまっていられないほど状況が悪そうです。それにしても辛いスープでした。
とにかくエンジンの掛りが悪い頭をなんとかフル回転させて、パッキングと出発準備を整えます。
みんなそんなことを考えていたのではないでしょうか。
波のセット感覚を読みながらアウトへ流れるカレントはどこか探してみましたが、とりあえず行くしかないみたいです。
波の届かないところでコックピットに乗り込み、スプレースカートをセット。
波に合わせて何名かで一気にカヤックを押し出します。
「せ〜の〜、行け〜〜〜!!」
気分は、「アムロ、いきま〜す!」状態。
ぼくはセットアップしてから、もろに一発、ゴミだらけの波を頭から喰らいましたが、無事に出発成功!
最後に出てくるスタッフのボートをみんなが見守っていましたが、全員出発成功!
よっしゃ!ゴールに向けて最後のパドリングじゃ〜!!!
前日まで吹いていた風がもたらしたウネリが夜中に知床半島へ届きました。
ここからは断崖絶壁が続き、エスケイプルートは限られています。
本来ならば、観光船が行き来する、もっとも知床らしい景色を堪能できるエリアです。しかし、これから先、その余裕があるのかどうか・・・。
新谷さんはメンバーがバラバラにならないように声をかけ続けています。
途中で定置網のロープとブイを何度もまたぐのですが、波の谷間ではロープが水面から20~30cmほど浮いてしまい、タイミングを損なうとカヤックが持ち上がり、最悪ひっくり返ってしまうかもしれません。
「できるだけブイの感覚が広いところを狙えよ〜!」
なかなかしびれる緊張感。そんな時に限って一番狭いところに吸い寄せられたりします。中には通過中にロープに座礁してスタックしてしまうメンバーも。
できるだけメンバーが離れないようにダンゴになって漕ぎ続けているのですが、前後左右にいるはずのメンバーの姿がウネリの向こうへ消えてしまいます。
不規則なウネリのリズムは読みにくく、漕いでいると後ろからいきなり突き上げられるようにカヤックのお尻を持ち上げられてしまいびっくりします。波のピークからは波の谷間にいるメンバーが遥か下に見えています。
「あちゃ〜、こりゃずいぶんと浸水しているな・・・」
ぼくのカヤックは途中で一度リペアしたもののサイドウォールにも穴が空いていてウネリが大きくなるとそこから一気に水が入ってきます。
コックピットだけに限らず、前後の荷物用キャビンにもザブザブと水が入っているようです。
もう振り返ったりする余裕がなくなってきていたので、岩からの返り波が視界に迫ってくるとタイミングを合わせてリカバリーを繰り返していました。
「きたきた〜・・・、よっしゃ〜い!!」
と声を出すことによってできるだけリラックスできるように頑張りました。
新谷さんを先頭に後ろをぴったりマークしている人もいれば、右へ左へとフラフラしている人、のんびりと後ろからついてきている人。みんなそれぞれどんなことを思いながら漕いでいたのでしょうか。
この遠征中に何度も新谷さんが言っていたこと・・・
「コンディションが悪くなると恐怖で口の中が乾いてくる。次に口の中がベトベトしてくるぞ。緊張でだんだんと体が動かなくなって、そのうち漕げなくなっちまってひっくり返るんだ。」
雪山でも岩でもそうだけど、人は極度に緊張した時には同じような経験をするもんですね。
新谷さんは自分の緊張をほぐすためにもメンバーに声をかけ続けるそうです。
ぼくは左右に振られるカヤックをパドルと下半身でバランスと取りながらなんとかウネリを切り抜けていました。一漕ぎ一漕ぎがリカバリーです。呼吸を止めないように意識して一番バランスのいいポジションを終始探し続けていました。
この状況下で写真を撮っていたのは、新谷さんと原さん、タンデム艇のたーちゃんたちくらいだったのではないでしょうか。
新谷さんはみんなの写真を撮りながら楽しそうでもありました。
「もしかして、けんちゃんのカヤックって、水が入っちゃってる?さっきからずっと見て笑ってたんだけど。」
ぼくがあまりにもプルプルしているので、後ろから様子を見ていたそうです。でも、ここで水を抜いたとしてもひっくり返ったらまた水抜きをしなきゃならないから、ひっくり返っちゃうまで待ってようと思っていたそうです。
「あと、300mくらいかな。正面に見えている岬を越えたらウトロの湾になっているから、そこまで行けば落ち着くよ。がんばって〜。」
なんて他人事なんでしょ。でも、ここまで転けずに来れたんだからあと300mくらい頑張っちゃうよ〜。
でも、全然300mではありませんでした・・・。
海面はスムーズで返り波もありません。ただ、ウネリは大きいまま残っていました。
ラフなコンディションを抜け切ってメンバーの後ろ姿はとてもリラックスして見えました。でも、ぼくのアンバランスは変わりなく、まだまだ緊張は続くのでした。
とりあえず、楽になりたい一心でメンバーの一人に声をかけ、カヤックに捕まらせてもらいました。そして、スカートを取り中を見ると半分ほど水が溜まりぼくの足はほぼ水に浸かっていました。
水をポンプで出しても出してきりがないように感じられましたが、抜けてくると次第にカヤックが水に浮いてくる感覚がありました。これで安心です。
再度漕ぎ始めるとなんという安定感。
これでぼくの緊張もほどけました。
こんなに長く感じられた3時間は久しぶりです。
ウネリが岩礁にぶつかり砕け散っています。途中の断崖絶壁に叩き付けられなくてよかった・・・。
家の温もりを感じるとほっとします。
ぼくは一口もお酒を飲むことなく眠りについてしまいました。
翌日
今頃、知床の海はどうなっているんだろうなんて考えてしまいます。
のんびりと万月堂のまわりを散歩していると、帰ってきたことを実感します。
7月なのにまるで秋の高原のような風がそよそよと吹いていました。
快晴無風の前半戦から嵐、強風、荒波とぼくらにチャレンジをしかけてきた後半戦と、まるで良くできたシナリオを用意してあったような6日間の遠征でした。
想像以上に緊張し、興奮し、感動したすばらしい日々でした。またチャンスを作って訪れたいと思います。
知床エクスペディション
終わり
kenichi
by club_kintoun
| 2009-07-28 08:04
| シーカヤック